【完全版】ぼくがPh陽性急性リンパ性白血病を克服するまでの387日の記録

この記事は:約11分で読めます。

この記事は、12月3日に改めて書き直したものです。

ひろまさ(@hiromasa79)です。

前回の「twitterで振り返る闘病記」では、いつどのタイミングでどんな治療を行ったのか?、という部分に詳しく触れていませんでしたので、今回は、どんな治療を行ってきたのかを、時系列で箇条書きにして書き出しました。

入院当初は、手帳を購入して毎日の日記をつけようと始めましたが、持ち前の飽き性をいかんなく発揮してしまい、1ヶ月で挫折・・・。そこで、主治医にお願いいたしまして、初診からの記録を書き出してもらうことができました。(先生には大変無理を言ってしまい、申し訳ありませんでした。)

Twitterで振り返る急性リンパ性白血病の闘病記

2016.06.18
ぜひ、ツイッターと合わせて読み進めてもらえると、当時の心境がよくわかってもらえると思います。

病名診断〜寛解導入成功

Ph陽性遺伝子に効果があるという分子標的薬「スプリセル」が自分には合っていたようで、治療開始から間も無くして大きな副作用もなく、血液学的寛解の導入に成功しました。

全6クール予定(1クール=1ヶ月)の治療入院、3クール終了後の一時退院の時、家族旅行に出かけたあの日までは、全てのことが順調に進んでいるかのように思えていました。

病気はどこか他人事のような日々

MRD2014という抗がん剤による治療プロトコールを順調にこなす日々が続き、心の中では「大したことないのかも」という気持ちもありました。このころは、血球の状態がいいときは面会も可能でしたしでしたし職場の方や、京都の同級生、地方の友人などたくさんの方と会うことができていました。

退屈した時は、屋上のベンチでコーヒー飲んだり、こっそり天神まで買い物に出かけたり、体の自由は治療中とは思えないほど。また、ステロイドの副作用から異常な食欲になり、この時期は70kgと、人生で一番太っていました。

アナフィラキシーを初体験

唯一危険を感じた出来事は、3度目くらだったかの、血小板輸血中にアナフィラキシーショックで呼吸困難に陥った時でした。

  • 40℃を超える高熱
  • 激しい嘔吐
  • 全身痙攣
  • 呼吸困難で青ざめる

  • 2時間ほど意識朦朧とした状態をさまよいました。付き添いの奥さんも、初めての出来事にただただ狼狽えるばかりだったと聞いて、すっかりトラウマになってしまいました。

    血小板輸血の場合、繰り返すことで患者の体内に抗体ができてしまう(免疫で余所者を排除しようとする働き)ケースが多く、 激しい拒否反応が起こることは決して珍しくないようです。一度反応が出てしまうと、事前にアレルギーを抑制する薬を注入することで回避することができます。

    20150604124021

    この間の治療履歴
    2015年

  • 04.17 福岡赤十字病院に入院
  • 04.21 MRD2014プロトコールによる治療開始
  • 04.28 ダサチニブ+プレドニゾロン(スプリセル服用+ステロイド点滴)
  • 06.03 ダサチニブ+大量キロサイド(スプリセル服用+抗がん剤点滴)
  • 07.01 ダサチニブ+大量メソトレキセート(スプリセル服用+抗がん剤点滴)
  • 再発期

    一気にどん底に落とされた日

    子供の夏休みを利用して、一時退院中に家族旅行に出かけました。なるべく他人との接触を避けるために、露天風呂などがついた離れの宿を探して宿泊した思い出。志賀島から乗った始めてのフェリーに、子供も大はしゃぎで本当に楽しい旅行でした。

    「これでまた、辛い治療も頑張って乗り切ろう!」そう思っていた矢先のこと。今までの退院中、一度もなかった熱が出ました。37.8℃です。今までの治療時に比べたら、そこまでひどい熱ではないもののやはり心配になり、念のため赤十字病院の夜間外来の診察を受けることにしました。

    血液内科の専門医ではなく、当直の医師の対応でしたが、風邪か何かだろうということで念のために血液採取をして結果を待つことに・・・。通常1時間もあればわかるはずなのに、中々呼び出しがかかりません。「絶対大丈夫、だって数日前に骨髄検査で確認したばっかりやし」、頭ではそう思っているのに、なぜか身体の震えは止まりませんでした。2時間半くらいたって、ようやく診察室に呼ばれ、検査結果を知らされたときは自分の耳を疑いました。

    「白血球が6万以上に増えています。担当医と電話で連絡を取りましたが、白血病の再発で間違いありません。詳しい検査は、もう時間が遅いので明日になりますが、今すぐ緊急入院しましょう。」

    本当は、薄々分かっていたことかも知れません。自分の病気の再発率が非常に高いというデータがあることは、当然理解しているつもりでした。でも・・・、「それでも自分だけは大丈夫だ」と思うことで現実を直視せず、楽観的に治療を続けていました。そして、その甘い幻想はこの日、脆くも崩れ去りました。

    骨髄移植を受けることの難しさ

    もともと、抗がん剤治療がうまくいっても、最終的には造血幹細胞移植を受けるという計画でしたので、治療開始当初から転院先として九州大学病院と連携を取ってもらっていました。本来ならば11月までの治療をしっかりと行い、その間に骨髄バンクから適合するドナーさんが現れるのを待つ、という計画でした。

    しかし、白血病の再発となると話は変わります。なぜなら今まで服用していた、スプリセルという薬が効かなくなってしまったからです。これは、僕の病気を治せる薬がなくなってしまったことを意味します。ですので、抗がん剤による寛解治療は諦め、すぐに造血幹細胞移植を受けるしか、生きる道がなくなったのです。

    そこで問題になったのが、「骨髄バンク登録者の中には僕とHLAが適合する方が一人もいない」という事実。


    また、兄弟の場合は25%でHLAが合致するということから、5月に兄と姉に調べてもらっていましたが、どちらも合致していないことがわかっていましたから、骨髄バンクにも合う人がいない、という事実を知った時のショックは相当なものでした。

    それでもまだチャンスは残されていました。「ハプロ移植」です。(ハプロ移植とは・・・主に親兄弟の場合、HLAが半分合っていれば移植しても大丈夫、というもので、まだまだ症例の少ない移植方法)この移植方法は、仮にうまくいった場合でも、その後の生活に大きな支障を伴うことも決して少なくない治療です。

    姉の決断に感謝

    それでも、「生き延びるためにまだできることがある」というのは、素晴らしいことです。改めて、兄と姉の血液検査結果を調べてみると、姉の血液ならパプロ移植できることが判明しました。残念ながら、兄の血液はいちばん重要な部分のHLAが不適合でした。当時東京に住んでいた姉は、3人の子供の子育てに奮闘していて、とても長期間子供を置いて九州に来ることは考えられず、僕もドナーは兄にお願いするつもりでいました。もちろん兄もそのつもりでいてくれたので、このことを電話でを伝えたとき、本当に悔しがっていた声が今も忘れられません。

    姉にも同様に、「おねえさんしか、移植できる可能性がない」ということを伝えました。姉は、二つ返事でこう答えてくれました。「私のやったら移植できるんやろ、よかったな、やろう。」

    それからは、移植に向けて怒涛の時間が過ぎて行きました。僕の身体にはあまり時間な残されていなかったので、急いで移植をする必要がありました。偶然8月、子供の夏休みだったことも幸いして、東京から姉の家族全員で福岡に来てくれることになりました。姉の旦那さんも有給をとって同行してもらったり、周りの人たちのおかげで移植に向けた計画が動き出しました。

    血液採取の最中、初日は思うように成分が取り出せず、もしかしたら必要な量が採取できないかもしれない、という出来事がありました。後になって聞いた話ですが、姉が移植用の血液採取に臨んでいたその日、毎日の疲れやプレッシャーから、何も口にできない日が続き、体調不良に悩まされていた状態だったと知りました。採取直前に僕と会った時には、そんなそぶりは一切なく、笑顔で励ましてくれていたので、全く気づくことができませんでした。

    最終的に、移植に必要な量の血液が確保できたとわかった時は、姉と二人で大泣きしながら喜びました。

    非寛解状態で移植するリスク

    再発がわかってから移植を受けるまでの間、根本的な治療法はありませんが、なるべく白血病細胞が増えないように抑え込まなければなりません。そこで、今までより強力なhyperCVADという抗がん剤治療を受けて移植を待つことになりました。

    通常の移植は、寛解状態で行うことで最大限の効果があると考えられています。しかし、僕の場合は抗がん剤治療で一定の効果はありましたが、移植前の検査では「血液中に8%の白血病細胞を認める」状態でした。いわゆる非寛解状態というやつです。これが厄介で、完全寛解した状態で移植した場合に比べて、圧倒的に再発率が高く、生存率が低いのです。

    ですが、たらればを言っていても何も始まりません。現実問題として移植しか、生きる道が残されていないのだから。

    初めての移植から生着まで

    移植前には、「他人からの造血細胞を受け入れるために、自分の中の造血機能を破壊して空っぽにする」という作業が必要です。これを、「破壊的前処置」と呼びます。具体的に何をするのかというと、放射線を全身に浴びます。一度に浴びてしまうと命を落としてしまうような大量の放射線を、1日2回・3日間に分けて全身に照射することで、自分では血液を作れない身体にしてしまうのです。

    そして、空っぽになった僕の身体に、姉の「造血幹細胞」を移植しました。移植自体は、通常の点滴と同じ方法で行います。ただし、ものすごい匂いがします。「磯の香り」です。これがなんなのかは、先生もよくわからないそう、謎です。

    そのあとは、いつの間にか生着していたようで、他の方のブログで見かけるような、「day何日で生着!」みたいな報告もなく通り過ぎてしまいました。それでも、一通りの移植あるあるを乗り越え、骨髄検査(マルク)でCMR(一番いい状態)を確認していたので、「やっとこれで終わった、あとは体力が回復するのを待つだけだ」と、心の中では勝利宣言をしていました。

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    この間の治療履歴

  • 08.10 白血病の再発が判明
  • 08.12 九州大学病院に転院 hyperCVADプロトコールによる治療開始
  • 08.27 マルクにより白血病細胞残存を確認
  • 09.07 HLA半合致同種末梢血幹細胞移植
  • 再再発期

    2015年10月27日。僕はこの日を一生忘れることができません。この世の全てを恨んだ日。なぜこんなことがおこるのか?全部夢なんじゃないか?今まで何度かドン底という言葉を使ってきましたが、この時が本当の意味で「ドン底」だったと思います。

    移植後3回目の骨髄検査で白血病の再再発が判明したあとは、日毎に増加していく白血病細胞の数値を、ただただ眺めることしかできませんでした。何をやっても勢いは止められない。いよいよ「明日、自分の命がなくなるかもしれない」という現実を目の当たりにして、妙に冷めた気持ちでいたのを覚えています。

    T315i点突然変異という怪物

    再再発が分かって以降、実に色々な抗がん剤を試しました。主治医も僕のような症例は初めてで、あらゆる手を尽くそうとしてくれているのはよくわかりました。

    そんな中で、ずっと以前から検査に出して報告を待っていた、ある遺伝子異常についての正式な結果出ました。「T315i陽性」です。T315iとは・・・白血病細胞が起こす突然変異の種類の一つです。白血病細胞が変異を起こすと、それまで効いていた薬に耐性を手に入れて、再び増殖を始めます。この変異の中で  「T315i」はもっとも難治性が高いとされており、僕が知る限りでは国内で生存している人がいません。

    その「T315i」変異が自分の体に見つかったのです。この時初めて、発症してから今日に至るまでに起きた出来事全てに合点がいきました。

    ポナチニブとの運命的な出会い

    都合上、詳しい記述は差し控えますが、僕はこの薬との奇跡的な出会いによって、人生を救われることになります。

    ポナチニブはフィラデルフィア染色体陽性で、再発時にT315i変異による薬剤耐性を持った自分にとって最後の希望

    2016.03.12

    命をかけた最後の闘い 臍帯血移植

    瀬戸際での治療が続く中、11月のある日、主治医から「臍帯血移植」にかけてみないかと提案を受けました。話を聞くと、「最近臍帯血バンクに登録された血液が、通常のものよりも量が多く、僕の身体に適応できるかもしれない」という内容でした。

    臍帯血とは・・・生まれたばかりの赤ちゃんのへその緒を、お母さんから切り離す時に少量採取できる血液成分で、造血幹細胞移植に使うことができます
    通常、2回目の移植までにどのくらいの期間を空ける必要があるのかはわかりませんが、9月に移植を受けたばかりで身体の中はボロボロの状態です。とはいえ、このままではどうにもならないことは重々承知です。

    「生きるためにできることを諦めない」そう誓っていた自分は、迷うことなく臍帯血移植を受けることを承諾しました。

    これも後日談ですが、通常臍帯血移植が青年男性に対して行われることは稀です。臍帯血は、HLAの型を問わず患者の適応範囲が広い事がメリットですが、一方でその量の少なさから、体格の大きな人にはうまく生着しなかったり、生着しても再発率が高かったりというデータがあるためです。僕も175cm/60kgと一般成人男性の体格なので、本来ならば臍帯血移植は候補に挙がりません。

    冒頭の主治医の話の続きです。臍帯血バンクの情報を見ていた主治医が、最新の血液情報の中に、偶然採取量の多いものが登録されているのを見つけます。「もしかしたら、僕の移植に使えるかもしれない」と、その場で使用予約を取ってしまったと教えてくれました。なんとも心強い言葉です。「先生は、心から患者を治したい」と思ってくれているんだと改めて感じるとともに、「絶対に生きてやろう」という気になりました。

    この間の治療履歴

  • 10.26 マルクにより2%の異常細胞を確認(minorBCR-ABL=1.4×10^コピー)
  • 11.02 マルクにより末梢血に40-50%の異常細胞を確認  ダウノマイシン+オンコビン+プレドニゾロン
  •                                      

  • 11.06 ドナーリンパ球輸注
  • 11.09 マルクにより末梢血に11%の異常細胞を確認
  • 11.16 マルクにより末梢血ほぼ全体に異常細胞を確認
  • 11.16 髄注(メソトレキセート+キロサイド+デキサメサゾン)
  • 11.17-19 大量キロサイド
  • 11.19 t315i遺伝子陽性が判明、ポナチニブ服用開始(15mg)
  • 11.30 マルクにより骨髄内に70%の異常細胞を確認
  • 12.01 リツキサン  ポナチニブ(45mgへ変更)
  • 12.08 リツキサン
  • 12.10 髄注(メソトレキセート+キロサイド+デキサメサゾン)
  • 12.14 マルクによりCMR(分子学的寛解)を確認
  • 12.15 リツキサン
  • 12.17 移植前処置のためポナチニブ服用中止
  • 12.25 臍帯血移植
  • 移植後回復期

    わずか3ヶ月の間に2度の移植という異例の事態でしたが、驚くような速さで生着の確認をすることができました。ふだんは無神論者ですが、さすがにこの時ばかりは神様の存在に感謝しました。

    多分一生消えないであろう再発の不安

    一方で、「2度あることは3度ある。」この考えは、ひと時も頭から離れたことはありません。移植後の骨髄検査で何度もCMR(完全寛解)を確認しました。3月31日には、Ph陽性急性リンパ性白血病の治療、という意味では一区切りを迎えることができました。

    それでも、いつどんなときに再発するかなんてことは、誰にもわかりません。ただ、今の自分と関わる人全員が、笑顔で暮らせる毎日が続くことを信じて生きています。

    この間の治療履歴
    2016年

  • 01.06 好中球生着(day 12)
  • 01.13 マルクによりCMR(分子学的寛解)を確認(day 19)
  • 01.27 マルクによりCMR(分子学的寛解)を確認(day 33)
  • 02.05 ポナチニブ服用再開(15mg/隔日)
  • 02.10 マルクによりCMR(分子学的寛解)を確認(day 47)
  • 02.12 ポナチニブ(15mg/日に変更)
  • 03.03 マルクによりCMR(分子学的寛解)を確認(day 68)
  • 03.16 マルクによりCMR(分子学的寛解)を確認(day 81)  神経障害のためポナチニブ服用中止
  •              

  • 03.31 マルクによりCMR(分子学的寛解)を確認(day 96)
  • では

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    24 件のコメント

  • 娘がph+allでした(いやですかな?!)
    今は小学校(あの不衛生極まりなく、
    ウイルスや菌の宝庫の)にも通ってますw
    造血幹細胞移植をへてグリベック、スプリセルにより
    寛解になりました
    貴方がただリハビリ中〜ということが
    どれだけの人を勇気づけられるかしれません
    生きてることが丸儲け〜
    って娘の闘病を見守り自分の人生にも思い
    逆に随分勇気づけられてます
    どうぞ人生楽しんでください
    たくさんの幸せを見つけてください
    応援してます

    • メッセージありがとうございました。
      返信遅くなってしまいましたが、入院中にこのメッセージをいただいたと知った時、ベッドの上でなぜかガッツポーズしたのを思い出しました。
      娘さんがこれからも健やかに成長されますように。

  • 初めまして。
    私の妻も、現在貴殿がかかった病気と同じ内容で
    現在入院中。
    6月初旬の初の移植に向け、現在検査入院中です。

    サポートする側として、努めて明るく、笑いあう
    事以外何も出来ず、忸怩たる思いはあります。
    一時は絶望していましたが、貴殿の体験談を拝見し、
    少し救われた思いと、一番辛いのは妻自身である事
    を再度認識致しました。

    参考になる、励みになる文章に出会えて良かったと
    思っています。
    本当にありがとうございました。

    貴殿も再発の恐れが常に付きまとう中とは思います
    が、どうぞお身体ご自愛の上、少しでも元気でい続
    けられる事を切に願っております。

    • usao1719さん、初めまして。
      こメッセージありがとうございます。

      奥さんがご病気なんですね。
      これから骨髄移植に向かわれるとのことで、心配も尽きないと思います。

      ですが奥さんも、usao17919さんのサポートがあるからこそ、ここまで来られたんだと思いますよ!
      その支えがあれば、きっと奥さんの治療もうまくいくはずです^^

      そしてブログを読んでいただき、本当にありがとうございます。
      少しでも役に立てたなら、嬉しい限りです。

      最後になりましたが、奥さんの治療がうまくいきますよう心から願っています。

  • 初めまして
    娘が混合型白血病になりまだ20になったばかりで
    ショックと死が重なる毎日でした
    ネットで検索するも情報が無く
    たまたまこちらにたどり着きました
    7ヶ月の入院がやっと終わったところです
    再発の言葉が怖いですが やれることはまだある
    と思い 頑張るしかないと
    勇気をいただきました
    同じ九州 身近に感じられます
    ありがとうございました

    親子で踏ん張ります

    無理されないように
    ご自身も大変かと思いますが
    いつまでもお元気でいてくださいね

    • chi mam さん、初めましてこんにちは^^
      メッセージありがとうございます!

      お子さんが白血病とのこと、親として大変苦しい思いをされていると思います。
      自分にも二人の子供がいますので、お気持ちは痛いほどわかります。

      7ヶ月は長かったですね。
      ですが、退院されたということは娘さんは寛解維持されてるということでしょうか。
      これからは、ますます暑い日が続きますので、体をお大事にされて下さい。

      このまま再発なく過ごさせることを心から願っています^^

      • お返事 ありがとうございました(^^)
        今は一週間に一度の通院が始まったところです。
        変われるものならと思いますが、、、
        治療はきついものですね

        一応 寛解はしているようですが
        再発 ならないように祈るばかりです。

        hiromasaさんも 無理されないように
        お身体に気をつけてくださいね。
        お互い 再発ないことを 願っています。

        優しいお言葉に感謝します。
        ありがとうございます

  • hiromasa79さん

    こんにちは.
    拝見しまして助かると思っております。

    妻はph+all になっております。完全寛解になって、今前処置中で、来週臍帯血移植を予定しております。

    妻のガン細胞はステロイドで殺せると言われました。 これは、普通でしょうか?

    • Fkongさん、はじめしてこんにちは^^
      メッセージありがとうございます。

      奥さんが僕と同じPh+allとのこと、寛解導入はうまくいっているようで何よりです。
      このまま移植もぬ児に乗り越えられることを信じましょう!

      ステロイドは、寛解導入療法の際に使用しますね。
      Ph+なので分子標的薬と併用だったかと思うのですが、ちゃんと効けば寛解できます。

      支えるFkongさんも大変だと思いますが、くれぐれも体調には気をつけられてくださいね^^
      困ったことや悩みごとなど、自分でよければいつでも相談してくだい。

  • こんばんは
    ヒロマサさんに、以前勇気づけられた ちーと申します。
    母親が同じフィラデルフィア染色体異常の白血病になり、合うドナーは見付からず、さい帯血移植を先月25日に行いました。
    先日、好中球が増えたので、これは順調に生着しているのかと希望と少し安堵しました。
    ですが、次の検査で減っており増減を繰り返しているようで、顕微鏡検査の結果、母親の細胞が、移植された細胞を食べているようです…
    今は、母親の細胞が食べないようになる?薬を点滴をしているところです。
    前向きに戦ってきた母親も、かなりのショックを受けたようで……
    薬が効かなかったら、子供(私たち)の細胞を検査させてもらうかもしれません。これが最終手段になると言われたようです。
    死が目前に近付いてきているようで、どうしようもない気持ちになります。
    待つしかないのですが、誰かにわかってもらいたくて、ここに書き込みさせていただきました。
    薬がうまくいけば1週間ほどで効いてくるようです。
    すみません、また、書き込みさせていただきます。

    • ちーさん、お久しぶりです^^
      2月のやりとりからかれこれ半年、お母さん臍帯血移植されたんですね。

      移植後の経過が思わしくない状況とのことで本当に心配な毎日だと思います。
      自分もそうでしたが、好転したと思って安堵してから、再び悪い知らせを受けた時の精神的なダメージは
      言葉では言い表せないものがあります。

      でもそんな時にも、なんとか持ちこたえられたのはやっぱり家族の支えがあったからでした。
      この人たちが応援してくれるなら、自分もまだ大丈夫!そう思えたからです。

      僕がいうのもおこがましいですが、ちーさんの存在そのものがお母さんにとって生きる理由になると思います。
      どんなことがあっても離れない、今の自分と向き合ってそばにいてくれる存在は本当にありがたいものです。

      どうか、どうかお母さんの治療がうまくいきますように!

      ここでよければいつでも書き込んでくださいね^^

  • 非常に励まされる闘病記でした。僕は悪性リンパ腫が脳に発生し、治療が難しかったのですが、7年間生存しています。良ければ、僕のブログもご覧ください。ブログタイトル「道なき道に花が咲く」です。「江尻 がん」で検索すると出てきます。

    • 江尻さん、初めましてこんにちは^^
      メッセージありがとうございます!

      紹介していただいたブログも拝見しました。
      ご夫婦交代で書かれているんですね、
      異なる視点から闘病について書かれていて、とても興味深く読ませてもらいました^^

      そして何より今を生きていられることの喜びを噛み締めた次第です。
      サバイバーとしての情報発信など、ぜひ参考にさせていただきます!

  • ひろまささん
    前に返信していただきありがとうございます。

    私の妻も臍帯血移植から70日間経っています。
    Gvhd は普通より強かったみたくて今迄退院できていない。

    最近 gvhdがマシになってきました。来週末ぐらい点滴をやられるようです。退院と遠くないかと思います。

    一つに気になっている事を質問させていただきます。

    普通にph+all の治療に移植後に分子標薬を飲む必要でしょうか?
    私妻の方にスプリセルがよく効いていたみたい。

    • FkongGさん、お久しぶりです!
      そしてメッセージありがとうございます^^

      質問についてですが、移植が成功した後にも、分子標的薬(スプリセル)の服用を継続するかどうか、
      についてのアドバイスということでよろしいでしょうか。
      (※以下、個人的な見解を述べさせてもらいますが、私は医療従事者ではない素人です。
      詳しいことは主治医としっかりお話しされて、ご自身で判断されてください。)

      私の場合も、移植後にも分子標的薬を服用したほうがいいのではないか、と医師から勧められていました。
      ですが薬の服用による副作用で体の麻痺が起こっていたため、飲まないという選択をしました。
      幸いにも移植後1年半、再発せずに暮らせています。

      おそらく「再発の可能性を少しでも抑えるため」という意味合いでのスプリセル服用だと思われます。
      特に奥さんの場合、移植前の寛解導入で良く効いていたとのことなので、医師も服用を勧められているのではないでしょうか?

      GVHDも落ち着いてきているとのことで、少しづつでも快方に向かっているというお話はとても嬉しい限りですね^^
      1日でも早く退院できる日が来ることを心より願っています。

  • ひろまささん、初めまして。
    49歳の会社員です。

    先月、持病の通院で血液検査をした際に異常細胞が見つかり、Ph+ALLと診断されました。
    現在は、持病とステロイド+スプリセルの副作用に悩まされつつも、第1クールの寛解導入が終了して、束の間の外泊を楽しんでいるところです。
    病名を告げられた際には、家族共々ショックで言葉が出ず、入院してからは、家族、親戚、友人のサポートを受けつつも、不安と恐怖を感じながらの1ヶ月を過ごして来ました。
    そんな中、ひろまささんのサイトに出会えたことで、同じ病気を克服された人がいること、また、同じように立ち向かっている人たちの存在を知り、非常に勇気づけられました。
    年齢、持病の事とかを考えると、この先の治療への不安も尽きないですが、このサイトを励みに、前向きに治療に取り組んでいきます。

    • Coruさん、初めましてこんにちは^^
      そしてメッセージいただきありがとうございます!

      私と同じPh+ALLで治療中とのことで、とても他人事とは思えない気持ちで読ませていもらいました。
      そして何より、まずは第一寛解導入療法成功おめでとうございます!!
      本当に束の間の休息ですが、外泊休暇を存分に楽しまれてくださいね^^

      また私の記事も読んでいただいてもわかるように、今や白血病の治療はめまぐるしい勢いで進歩を続けています。
      もう、自分が治療していた2年前が、遠い遠い過去であるかのごとくです。

      このさき、確かに苦しい・辛い治療が待っているでしょう。
      周りの方の負担も大きいかもしれません。
      でも、全てはまた家庭での生活に戻り、家族や友人と笑いあって過ごせるようになるための通り道です。

      大丈夫、Coruさんには素敵な将来が必ず待っていますよ。
      一緒に進んでいきましょう。

      最後になりましたが、Coruさんの治療がうまくいくことを心より願っています。
      また何かあれば、いつでも話しかけてくださいね^^

      では

      • ひろまささん
        励ましの言葉、ありがとうございます。

        外泊するとリフレッシュできますね。
        スタッフの方からも表情がよくなったと言われました。
        入院して初めて、日頃当たり前のように普通に生活できることが、どれだけありがたいことか、それと同時に、人と人との繋がりの大切さ、優しさを痛感しました。
        仰るように、元の生活に戻れることを励みに、今後の治療に臨んでいきます。

        ひろまささんも、これから寒くなりますから、ご自愛ください。

  • ひろまささん
    いつも丁寧に返信していただきまして、ありがとうございます。
    Fkongです。

    私の妻はそろそろ退院できるようです。
    分子標的薬の話についてひろまささんと話しました。
    最近主治医と相談して退院後 スプリセルを服用するかどうを聞きましたが、
    スプリセルをくれないようです。
    理由がわかりませんが、 必要ないかなぁと思います。

  • 私は51歳の独身男性です。朝日と申します。
    私もph+ALLと診断されました。化学療法1クールを終え、寛解はしたのですが、副作用と闘っている状態です。
    今後は移植になるのですが、移植そのものへの不安、ドナーが見つかるかどうかへの不安(兄弟がいないこともあります)、腹部や胸部に水がたまっていると移植ができないと言われていることへの不安などがあります。
    そんな中、同じ病気を克服されたひろまささんの存在はたいへん心強く感じました。

    寒くなって来ましたが、くれぐれもご自愛くださいませ。

    • 朝日さん、初めましてこんにちは
      メッセージありがとうございます!

      Ph+ALLになられたとのことで心配ですが、
      まずは寛解導入できたとのことで一安心いたしました。

      ですが、抗がん剤の副作用は人により症状が様々起こると聞いております。
      そして移植治療に向けた準備についても、まだ乗り越えなければならない課題がいくつかありますね。

      不安なことを挙げ始めればきりがないと思われるかもしれませんが、
      反対に希望や将来も等しく、挙げればきりがないほどあります!

      これからの治療がどんな道のりになるか誰もわかりませんが、
      目指す先はみんな元気な普段の生活に戻ることのはずですよね^^

      僕でよければいつでも話を聞かせてください。
      朝日さんの治療がうまくいくことを心から願っています。

  • 急性リンパ白血病になり、時固め二回目と生りませす。移植するのが非常に怖いです❗移植しても、すぐ死んじゃう例を見ました。なら、薬ですこしでも、長くいきる方をえらぶか、移植に踏み切るべきかなやんでます。

    • こんにちはワタシさん^^
      メッセージありがとうございます!

      移植治療を受けるかどうかについては本当に悩みどころですね。
      確かに移植の予後経過が芳しくなく、、といったケースは自分も見知っています。
      しかしそれよりもはるかに多くの症例で、移植治療を受けたことで元気になったかたがおられるのも事実です。
      かくいう私も2度の移植があったからこそ、こうやって今ここに生きていることができています。

      現在のワタシさんの病状・・これまでの治療の経過・体調・体力・気力、全てを勘案し、
      メリットデメリットをしっかり見極めた上でどちらか決断する必要がありますので、
      主治医としっかり納得できるまで話し合って決められてください^^

      最後になりましたが、ワタシさんの治療がうまくいくことを心より願っております。

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